与謝蕪村略年譜と妙法寺作品の資料
2007.09.20 Thursday | category:妙法寺(蕪村寺)ニュース
最近、毛筆関係と何かとご縁があるようです(笑)。
市内のOさんが、お越しになりました。パッと見70歳くらいのおじいさんです。うちの住職様とは面識あるそうですが、私とは初対面でした。あいにく住職様が外出してまして、僕が応対しました。
いきなり、少し古びた感じの、くるくると巻かれた鳥の子用紙を広げて見せてくれました。

Oさん曰く「来る11月2-4日の蕪村画公開行事があることを知り、家にあったから、そこでこれを使ったらどうですか?」
広げて見せてくれたのは「与謝蕪村略年譜」「記録による与謝蕪村と妙法寺」の二つの資料です。お借りしました。
「与謝蕪村略年譜」は与謝蕪村が生まれてから、関東遊歴時代、京都時代、讃岐時代、晩年・大成期に区分して略歴が書かれたものです。
一方、「記録による与謝蕪村と妙法寺」は、(1)江戸時代の弘化3年(1846)に、丸亀藩の藩医・尾池大隣氏が『寿老人図』『竹図』に箱書きしたものを現代文にしたもの、(2)『妙法寺什宝蕪村画伝』として幕末の文久3年(1863)に源友悳が、蕪村とのご縁や襖絵から屏風へ改装したいきさつなどを記したものを現代文にしたものです。
こういった資料を解読し、まとめるだけで一苦労、そして鳥の子用紙に仕上げるのも一苦労です。30年前のご苦労の賜が目の前にあります。今でこそ電算処理ですが、その当時ですから、毛筆の手書きです。そろった毛筆体ですからこれは僕でも全部読めますね・大笑。
文化財に指定されてから昭和47〜49年に所蔵の蕪村画の大修理を行いましたが、これ以降にした展示会で掛けられた掲示資料と思われ、昭和51年10月に丸亀市立資料館で開催された『蕪村展』の時のもののようです。
色の変わったセロテープや画鋲跡といった掲示の痕跡があり、哀愁もありますね。Oさんはよくこんな古いものを大切に保管されていたものだと感心します。
住職様と相談した結果、来る11/2-4の公開行事で本堂に掲示させていただきます。Oさん、ありがとうございました。せっかくなので、内容をワープロで打って保存しておこうと思います。
市内のOさんが、お越しになりました。パッと見70歳くらいのおじいさんです。うちの住職様とは面識あるそうですが、私とは初対面でした。あいにく住職様が外出してまして、僕が応対しました。
いきなり、少し古びた感じの、くるくると巻かれた鳥の子用紙を広げて見せてくれました。

Oさん曰く「来る11月2-4日の蕪村画公開行事があることを知り、家にあったから、そこでこれを使ったらどうですか?」
広げて見せてくれたのは「与謝蕪村略年譜」「記録による与謝蕪村と妙法寺」の二つの資料です。お借りしました。
「与謝蕪村略年譜」は与謝蕪村が生まれてから、関東遊歴時代、京都時代、讃岐時代、晩年・大成期に区分して略歴が書かれたものです。
一方、「記録による与謝蕪村と妙法寺」は、(1)江戸時代の弘化3年(1846)に、丸亀藩の藩医・尾池大隣氏が『寿老人図』『竹図』に箱書きしたものを現代文にしたもの、(2)『妙法寺什宝蕪村画伝』として幕末の文久3年(1863)に源友悳が、蕪村とのご縁や襖絵から屏風へ改装したいきさつなどを記したものを現代文にしたものです。
こういった資料を解読し、まとめるだけで一苦労、そして鳥の子用紙に仕上げるのも一苦労です。30年前のご苦労の賜が目の前にあります。今でこそ電算処理ですが、その当時ですから、毛筆の手書きです。そろった毛筆体ですからこれは僕でも全部読めますね・大笑。
文化財に指定されてから昭和47〜49年に所蔵の蕪村画の大修理を行いましたが、これ以降にした展示会で掛けられた掲示資料と思われ、昭和51年10月に丸亀市立資料館で開催された『蕪村展』の時のもののようです。
色の変わったセロテープや画鋲跡といった掲示の痕跡があり、哀愁もありますね。Oさんはよくこんな古いものを大切に保管されていたものだと感心します。
住職様と相談した結果、来る11/2-4の公開行事で本堂に掲示させていただきます。Oさん、ありがとうございました。せっかくなので、内容をワープロで打って保存しておこうと思います。
Comment
真之丞さん、こんにちは。
ありがたいですね。。とっても、貴重な資料をお貸しいただけるのはとてもありがたいことですが、ずっと長年保存していてくださったことはもっと、ありがたいですよね。。
「記録による与謝蕪村と妙法寺」なる資料はきっと真之丞さんも心に感じるところもあるのでは?(分かりませんが)いろんな時代のつながりから今があります。
その資料をみて、その経緯並び想いがきっと真之丞さんも感じられたのではないのでしょうか?って・・・私の感想ですが。。。私ならきっと感慨深いなぁ〜と思って・・
ありがたいですね。。とっても、貴重な資料をお貸しいただけるのはとてもありがたいことですが、ずっと長年保存していてくださったことはもっと、ありがたいですよね。。
「記録による与謝蕪村と妙法寺」なる資料はきっと真之丞さんも心に感じるところもあるのでは?(分かりませんが)いろんな時代のつながりから今があります。
その資料をみて、その経緯並び想いがきっと真之丞さんも感じられたのではないのでしょうか?って・・・私の感想ですが。。。私ならきっと感慨深いなぁ〜と思って・・
Posted by: 真澄 |at: 2007/09/21 2:41 PM
真澄さん、おはようございます。
貴重な資料との遭遇、ありがたいと思います。当時の展示会のパンフもありますが、30年前の掲示紙に市の文化課の方も驚かれることでしょう(笑)。
この掲示紙のお陰で、少なくとも幕末には与謝蕪村は有名な方であった、当山も蕪村作品のある寺として知られていたんだと再認識しましたw。
貴重な資料との遭遇、ありがたいと思います。当時の展示会のパンフもありますが、30年前の掲示紙に市の文化課の方も驚かれることでしょう(笑)。
この掲示紙のお陰で、少なくとも幕末には与謝蕪村は有名な方であった、当山も蕪村作品のある寺として知られていたんだと再認識しましたw。
Posted by: 真之丞 |at: 2007/09/22 8:10 AM
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