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「だった心」と「ではの神」

「だった心」と「ではの神」。これは伊藤洋一氏のコラム(四国新聞平成28年7月1日朝刊『私の幸福論』)にあった言葉です。
伊藤氏のコラムによりますと、一般的に女性の方が男性より幸福度が高いといわれています。それは女性が"今"を生きているからです。よく喋り、世の中のあらゆる事に関心を持ち、興味の先に足を延ばします。
一方、男性はなぜ女性に比べて幸福度が低いのでしょうか。それは色々な事を己の肩に背負い過ぎる傾向があるからです。というのは男性は"過去"を生きるからです。ですから「だった心」と「ではの神」をやめた方が幸福度が上がります。
「俺は大企業の部長だった」とか「以前はこれくらい売上を稼いでいた」などが『だった心』。「海外赴任先では…」とか「転勤先では…」という今の居場所ではない話題振りが『ではの神』。
『だった心』は"今"との対峙を難しくし、『ではの神』が続けばいつか話題の輪からはじかれます。こういった話題を繰り返されると周囲はうざいと感じます。
「だった心」と「ではの神」、いずれも"過去"を生きています。つまりは過去の栄光にしがみつき、それが忘れられないのです。もちろん「経験は力なり」といいますように失敗を含む色々な経験、反省は、今後生きていく上でとても大切です。
しかし、人間は過去にとらわれすぎることなく、"今"を生きた方がいいのです。そのためには「社会への参加」「家族との関わり」「仲間との関係」をキーにしてはいかがでしょうか。仕事や趣味、家族や仲間などの周囲の人々を大切にし、今起きている世界や日本での出来事に関心を払い、行動してみましょう。人間一人では生きていけません。いろんな人々のお力をお陰を頂いて生きている(生かされている)のですから、自分の周囲に目を向けてはいかがでしょうか。。
かたや、済んでしまったことを思い起こして「あの時、ああすればよかった…、こうしておいたら今みたいにならなかったのに…」と過去を振り返ってしまう時もあるでしょう。そんな時、「きっと来る良き日のために今を生きよう」と気持ちを切り替えるのも一つの方法でしょう。
しかし、極論を言えば、本当にあるのは「今」「ここ」だけです。人生というものは「今」「ここ」の連続です。ならば、毎日毎日の「今」、目の前の「ここ」を積み重ね、精一杯、「今を生きる」しかないのです。私自身も「今を生きる」ことの喜びを日々の生活にみつけ、求めてきたいと改めて思いました。

 

以上、伊藤氏のコラムで目にとまりましたことをふまえ、己に言い聞かせる意味(自戒)も込めて、アップします(笑)。
 

| 真之丞 | 17:49 | comments(2) | trackbacks(0) | pookmark |
Comment
こんにちは。

だった心、ではの神?
ある意味、私は必要と思います。
健康だった?とか(笑)

失礼しましたm(__)m
Posted by: オルゴール |at: 2016/07/09 4:17 PM
オルゴールさん、こんにちは。
要は過去にとらわれすぎてはいけない、引きずるな、ということと思います。
とにかく健康第一でよろしくお願いします。
Posted by: 真之丞 |at: 2016/07/10 6:48 PM








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