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「角大師」…山田恵諦著『元三大師』(第一書房刊)

お大師さまが七十三歳になられた永観二年(九八四)、ご病気になられます少し前のことであります。常には静かな夜も、その夜ばかりは、蕭々(しょうしょう)たる風雨で、心平らかならないままに、ただ一人、居室に端坐して、止観を行じておられました。夜も更けたらしく、従僧や下男も眠りについたか、雨だれの音のみ、淋しう耳をうつばかりであります。不意に一陣の風が、颯(さ)っと室に入って来ましたので、禅定を出て御覧になりますと、残燈の影に、怪しい者が居りましたので、
「そこに居るは何者ぞ」
静かにお尋ねになりますと、
「私は疫病を司る厄神であります。いま、疫病が天下に流行しております。あなたもまた、これに罹らなければなりませんので、お身体を侵しに参りました」
「疫病の神となア、そうして私もまた、逃れられないとのこと、唯円教意、逆即是順という【注】、いずれのところにか逆境あらん、然(しか)し、因縁を逃れ得ぬもまた当然、止むを得まい、一寸、これに附いて見よ」左の小指をお出しになりました。厄神がそれに触れたかと思うと、全身忽ち発熱して、堪えがたい苦痛を覚えられましたので、心を寂静に澄(すま)し、円融の三諦を観じて、弾指(たんじ)せられました。厄神は弾き出され、伏しまろびながら逃げ失せ、お大師さまの苦痛は、忽ち恢復(かいふく)せられました。
お大師さまは、
「わずかに一指を悩めるさえ、このような苦しみを覚えるに、全身を侵された逃るる術(すべ)を知らぬ人々は、何としても気の毒である。これは、一時も早く救わねばならない」
と思召(おぼしめ)され、夜の明けるを待ちかねて、弟子たちを呼び集められました。
「鏡を持って来てくれ、そうして、私がその鏡に姿を写すから、心ある者が、それを写し取ってくれよ」
弟子たちが運んで来ました、全身写しの大小判型の鏡の前に、座を占められまして、観念の眼を閉じ、静かに禅定に入られますと、不思議や、始めお大師さまの姿であったのが、だんだんと変りまして、最後には、骨ばかりの鬼の姿になりました。見ていたお弟子たちは、あまりの恐ろしさに、その場にひれ伏してしまいましたが、明普(みょうふ)阿闍梨だけは、気丈な上に、既に閻魔の庁で獄卒を見ておりますし、絵心第一と不断から自負しておりましたので、恐るることなく、鏡を見ては画き、画いては鏡を見まして、残るところなくそれを写し取りました。禅定からお出ましなされたお大師さまが、これを御覧になりまして、満足に写しとれたという面持ちで、
「これでよい、これでよい、これを直ぐに版木におこし、お札に摺(す)っておくれ」
弟子たちが、版木に彫り、お札に摺り上げますと、お大師さま御自身で、開眼の御加持を施されて、
「一時も早く、これを民家に配布して、戸口に貼りつけるように申しなさい。この影像のあるところ、邪魔は怖れて寄りつかないから、疫病はもとより、一切の厄災を逃るることができるのじゃ」
お札を頂いた家は、一人も流行病に罹りませんでしたし、病気に罹っていた人々も、ほどなく全快して、恐ろしい流行病も、たちまちに消え失せ、人々は安堵の思いを致しました。
このことがありましてから以来は、このお札を角大師(つのだいし)と称えて、毎年、新しきを求めては戸口に貼るようになりました。疫病はもとより、総ての厄災を除き、盗賊その他、邪悪の心を持つ者は、その戸口から出入り出来ませんので、どれはど御利益を頂いているか、計り知ることが出来ないのであります。それでありますから、日本全国、いずれの宗派に属する寺院も、正月には、必ずこの影像を檀信徒に配布して、その年の厄災を防ぐような慣(なら)わしになりました。

 

※原文そのまま、一部ふりがなを補足した。写真は『ウィキペディア』『《元三大師縁起絵巻》からみるポリティクスと両大師信仰』より。
【注】唯円教意、逆即是順…「ただ(法華)円教の意は逆すなわちこれ順なり」で、悪い縁がかえって仏道に入る機縁となること。

 

元三大師(ウィキペディアより)

 

元三大師縁起絵巻の鏡に写った姿(寛永寺蔵、《元三大師縁起絵巻》からみるポリティクスと両大師信仰より)

 

 

| 真之丞 | 00:24 | comments(0) | - |
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